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    題名: グローバル時代のエコフェミニズムの視点から読む多和田葉子の『星に仄めかされて』―「神の子どもたちはみんな踊る」の意味をめぐって―
    其他題名: 全球時代視域下的生態女性主義視點閱讀多和田葉子《來自星星的訊息》:聚焦於「神的孩子都在跳舞」含意-
    作者: 曾秋桂
    關鍵詞: 多和田葉子;『星に仄めかされて』;村上春樹;『神の子どもたちはみな踊る』;処方
    日期: 2021-06
    上傳時間: 2021-08-03 12:13:56 (UTC+8)
    摘要: 本論文は、エコフェミニズムの視点から、多和田葉子が意図的に創作する三部作の一作目『地球にちりばめられて』と二作目『星に仄めかされて』とを対照.比較したものである。考察した結果、『地球にちりばめられて』で一括りにできたグローバル時代において地球の人類が直面すべき外的なエコフェミニズム的課題と比べて、『星に仄めかされて』では、人物の内面的問題「心の傷」(弱み)が焦点化されていることが分かった。さらに、作品中、「神の子どもたち」と見てもよい登場人物と彼らが「踊る」ことからは、村上春樹の短篇小説集『神の子どもたちはみな踊る』が連想される。村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』では、トラウマと向き合うことでトラウマの存在に気が付き、そこから次のステップへの行動を展開する処方が提示されている。それに対して、多和田葉子の『星に仄めかされて』では、人間同士がどれだけ境界線を引いて壁、国境を作ろうとしても、地球以外の星から見れば、所詮一つの地球というボールで暮らしている人類に過ぎず、人間同士で作った壁も、他人のステップ、ペースに合わせて「踊る」ことにより、相互の相違や意見の齟齬を乗り越えられるという処方が提示されている。2019年以後、ノーベル文学賞受賞日本人候補者として名前が列ねられた村上春樹と多和田葉子が提示した処方は、正にコロナ禍の時代を生きているために、一つの生き方としてとりわけ意味深長なもののように響いて聞こえてくる。
    關聯: 台大日本語文研究 41, 頁21 - 40
    DOI: 10.6183/NTUJP.202106_(41).0002
    顯示於類別:[日本語文學系暨研究所 ] 期刊論文

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